school with chromebook

アメリカ教育市場でChromebookがヒットした理由

2017-12-11

ご存知の通りアメリカの教育界(つまり学校)への販売で火がつき爆発的に普及したChromebook。日本でもチラホラそういった動きがあり喜ばしいことです。ここでなぜアメリカの教育界で普及したのか。いろいろな要因がありますが今回は表面的なことはではなくアメリカの教育方針と(無理やり)絡めてヒットの要因を探ろうと思います。

アメリカ教育はゆとり教育?

まずアメリカの教育方針について。

私はアメリカの高校・大学・大学院を卒業して日本の大学院も卒業しているのでそれなりにどちらの事情も知っているのですが、高校を卒業したのが20年近く前の話になりますので現状とは違うことは多々あるだろうということをあらかじめご承知おきいただきたい。

鎖国を続けていた日本では情報が貴重でだった明治時代以降、知識編重型の教育方針から何も変わらないまま現在も継続中ですが(一時のゆとり教育は基本的な方針は据え置き&ただ学習量を減らしただけ。かつ今は脱ゆとり)アメリカは知識に重きを置かず。魚を与えるより釣り方を教えろという有名な言葉通り知識は必要に応じて獲得すればよいというスタンスです。

例えば周期表など覚える必要がありません。理科の授業の教室にはそもそもデカデカと貼ってあります。「水兵りーべ」とか無意味です。また単に歴史の年号を覚えさせるといったこともない。時期については多少アバウトでも、出来事の内容を理解しておけばOK。そもそも試験ではOpen Bookといって教科書を開いて良いものも多いです。

この方針はネット到来よりずっと以前からで、アメリカの教育で特徴的なのが日本の勉強方法の1つ「暗記」がない。無理やり英訳するとmemorizeということになると思いますが、そんな言葉は学校で聞いたことがありません。数学や物理のクラスでは授業のときはもちろん、テストでも計算機(関数表示機能などもある高機能電卓)の持ち込みが要求されます。持ってくるのを忘れると「忘れ物」扱いです。そんな場合に備えて教室には予備があります。

さすがにテストのときに電卓を忘れてくるようなうっかりさんは見たことないです。

100均でも電卓が売っている時代に暗算が得意でも100円の価値もないということでしょう。

電卓機能はスマホにありますし、どんなに得意と言ってもたかが4桁くらいの掛け算になると暗算では無理です。

さらに単純に計算能力を問うテストではみな満点になってしまうので、テスト作成側からすれば本質を理解しているかどうかを問う問題を作成しないといけなくなります。

一方で、教員は答えがキレイになるよう数字を調整するという無意味な作業から解放されます。

アメリカ人は便利なものはどんどん使うべしという考え方が根底にあります

知識を必要に応じて手にするための道具として1人に一台Chromebookという提案がハマったのはもともとそういった考えが下地にあるからだと思います。学習用としてはもちろん、美術の授業ではスタイラスペンによる作業なども取り入れているところがあるようです。

海外の人との会話で歴史の話題になったとき、それはXX年の出来事でしょ、と正確に年号を言い当てると「そんなことまで覚えているなんてすごい!」と驚かれますが、たいていの人は肝心の内容についてはよく知らないということをさらけ出すことになりがちです。内容をしっかり理解しておけば年号なんてアバウトでもいいじゃない。そんな感じです。正確な年号や周期表を知りたければウェブで調べる時代です。

PCリテラシーの下地

最近は日本でもそうですが、アメリカにおいては少なくとも私が渡米した1999年でもPCはテレビや冷蔵庫と同じでどの家庭にも当たり前に存在するものでした。

「高校生なんだからOfficeくらい使えないとヤバいで」ということでWORD、EXCEL、PowerPoint、Access(Microsoftのデータベースソフト)の使い方を教える授業も存在。当時高校生だった私はBASICはちょっと遊んだ経験があるくらいで、Windowsはほぼ初体験の初心者。同級生はみな高速ブラインドタッチをするなか、私は隅っこでタイピングソフトを使ってタイピングの練習をするのでした。Office系アプリはもちろん、Accessなどの知識はその後役立ちました。

小学生のことは知りませんが中学生ともなればWORDの基本操作くらいはできる&家にPCがある想定なので、夏休みの思い出作文などの宿題はフロッピーディスクで提出することもありました。

生徒が一斉に先生の元へフロッピーディスクを提出しに行く姿は今思うとシュール。

ということでずっと以前からアメリカではPCを使って宿題をやるというのが当然だったと思われます。当時は今ほどネットが発達していないのでフロッピーディスクで~となっていたわけですが、そこから現在のGoogle Suiteのようなシステムへの移行は今まで手作業でやっていたところをオンライン化しただけともいえるので、スムーズに移行出来たのだろうと思います。

つまりPCで作業する下地が教育の分野でも既に存在していたためChromebookがすんなり受け入れられたという側面があります。日本では日常的にPCを使う高校生は4割程度とのことですが、むしろスマホの普及で減っているようです。

ところでこの話は全てユタ州のド田舎での話。高校・中学まで車で30分かかるという具合の場所。特に教育が進んでいたわけではないので、他の場所ではもっと先を行っていたのかもしれません。

アメリカの教育は生徒への経済的負担を嫌う

日本ではあまり考えられないことですが、アメリカには地域による教育レベルの違いは露骨に存在します。

例えばNY州では住民の所有する住宅を査定し、査定金額に対し一定割合の教育費を徴税するため、金持ちが多い地域では教育費も多く、良い教師が集まります。

また、高校まで義務教育のアメリカでは出費を強いるのは良くないいう認識(建前?)があります。最たる例が教科書。教科書は教室に大量のストックがあり、履修している学生に無償で貸し出しています。そのクラスを受講中は自宅に持ち帰ってもOK。

アメリカの学校生徒が教室を移動する日本の大学みたいな受講スタイルです

授業で使う分はそれで賄い、授業が終わった後でも勉強を続けたければ自分で買ってくださいね、というスタンスです。

改訂を繰り返して兄弟間での使いまわしも許さず、無駄な出費を強いる日本とは大違い

経済的理由で不利益を被ってはいけないという考えが一応建前としてあるので、もはや教育に欠かせないPC(Chromebook)を一斉配付するというのは自然なことと思われます。

予算的に難しいといっても小売価格$200程度で5年間以上使える想定のChromebookを採用すれば、教材費・人件費などの経費削減のメリットがコストを大きく上回るということなのでしょう。

教育スタイルとGoogle Docsとの相性

アメリカの場合、チームで宿題をする、発表をする機会など良くあるのですが、特に大学院(MBA)の時は成績評価は全てチーム単位での評価になります。個人の成績は、というとチームの成績×チーム内での貢献度。チーム内での貢献度は学期末に他のチームメンバーの働きに関するアンケートで決定されます(回答はもちろん他のメンバーには非公開)。

そういった事情があるので仕事は全てチームメンバーと共有してやるのですが、ここで本領を発揮するのがGoogle Doc各種アプリ。

例えば2人が同じDocファイルを開いている場合、2人の作業がリアルタイムで共有され、それぞれのディスプレイに表示されます。同時入力ももちろん可能。2人以上ももちろん可能。

これはやってみるとちょっと驚きです。リアルタイムで保存するというGoogle Docの特色はこの機能のためにあるのではないかと思うほど。当時はWordファイルをメールで順番に回していましたが各自思い思いに修正するため前後関係が繋がらなくなったり統一感がなくなるうえ、待ち時間が人数分かかってしまいます。Google Docならテーブルを囲んで議論し、考え方を共有しつつ皆で同時に作業することが可能。

Google Docは見た目のカスタマイズが限られていて使えない、ショボイという意見も聞こえてきそうですが、アメリカでは内部資料やレポートに無駄な装飾はむしろ悪。そんなところに時間をかけるのは時間の無駄扱いで禁忌。

PowerPointに意味のない図を入れたり、スライド移行アニメーションをつけるなど言語道断。GEの元会長ジャック・ウェルチが社内プレゼンで凝ったスライドでプレゼンを試みた社員に激怒したというエピソードは特に有名。

対外向けプレゼンではその類ではありませんが文章は3つまでなどスライドはなるべくシンプルにつくることが推奨されるため(ごちゃごちゃ書いてあると読む気がなくなる)、機能は最小限で十分なのです。

Googleはこの辺りを熟知した上で各種オフィス系アプリを設計したと思われます。

まとめ

サイバーマンデー真っただ中でなぜこの話題?というと、日本アマゾンのサイバーマンデーはChromebookとは無縁。アメリカでの祭り状態と違い平常運転。
(あまり期待してませんが)来年以降に期待。

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ともぞう

つくば在住のアラフォー会社員。ほかに『初心者による初心者の為のウイスキーの話など。』や『OLD ROOKIE』を書いてます。

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